中世から近世までの日本の妖怪変化の歴史を、能面・絵巻・浮世絵・版本などの優品でたどり、現代の妖怪を代表する水木しげる氏の「ゲゲゲの鬼太郎」へとつながる妖怪の系譜を見渡します。能面では鬼神や男女の怨霊の面。絵巻に見られる鬼や天狗。動物が擬人化された妖怪や、楽器や調度品が擬人化された妖怪など、百鬼夜行の世界。イメージ豊かな妖怪の世界にご案内します。
まだまだ妖怪ブーム。中世から近世までの日本の妖怪変化の歴史を、能面・絵巻・浮世絵・版本などの優品でたどり、現代の妖怪を代表する水木しげる氏の「ゲゲゲの鬼太郎」へとつながる妖怪の系譜を見渡します。能面では鬼神や男女の怨霊の面、絵巻に見られる鬼や天狗。動物や器物などが擬人化された妖怪など、百鬼夜行の世界。イメージ豊かな妖怪の世界にご案内します。
展覧会の趣旨
妖怪ブームと言われて久しいのですが、NHK朝の連続ドラマ「ゲゲゲの女房」が放映されてからさらに勢いが増したように感じられます。今回の展覧会は、NHKおよびNHKプロモーションとの共催による当館のみの特別展で、中世から近代までの日本の妖怪変化の歴史を、能面・絵巻・浮世絵・版本などの優品でたどり、現代の妖怪を代表する水木しげる氏の妖怪画へとつながる妖怪の系譜を見渡すことを目的としています。
特にこの展覧会では、中世の鬼や天狗、怨霊や幽霊などの造形を、能面と絵巻でうかがい、また、動物や器物の擬人化と妖怪化を絵巻などにうかがいます。器物については楽器や雛道具を参考として展示し、古びたもののもつ妖気を感じてもらい、百鬼夜行の絵巻の世界に誘います。近世の妖怪・ばけもの・幽霊などは、浮世絵・版本・絵巻などでたどり、近世近代の妖怪研究の代表者をパネル展示で簡単に紹介し、最後に現代の妖怪画を水木しげる氏の原画により紹介します。
極楽や地獄は信じる人には実在の世界となりますが、鬼や妖怪の世界も同じです。信・不信いずれにしても、人間の想像力により様々なイメージで造形化され我々の眼前に存在します。そのなかでも鬼や妖怪は怖く暗い領域のものではありますが、人間の「怖いもの見たさ」という好奇心もその想像力の一翼を担ってきました。特に暑い夏にはその好奇心が湧いてきます。夏に開催する展覧会「美術の遊びとこころ」シリーズの一つとして、日本美術に占める鬼や妖怪の世界を老若男女に堪能してもらいます。
展示概要と主な展示作品
■月岡芳年画「新形三十六怪撰 おもゐつづら」
(明治時代、国立歴史民俗博物館所蔵) 前期展示![]()
浮世絵のなかでも妖怪画でよく知られた歌川国芳や月岡芳年の作品を中心に展示します。図1は、芳年の「新形三十六怪撰」のうちの「おもゐつづら」(明治時代、国立歴史民俗博物館所蔵)です。童話の「舌切り雀」などでおなじみですが、欲張って重くて大きい方の
籠(つづら)を選ぶと、中から様々な妖怪が出てくるという、欲張りを戒める話ですが、どこか親しみを感じる妖怪たちです。驚く老婆も妖怪じみているのが面白い。
(前期展示)
■喜多川歌麿画「夢にうなされる子どもと母」
(江戸時代、公文教育研究会所蔵) 後期展示![]()
図2は、歌麿の浮世絵「夢にうなされる子どもと母」(江戸時代、公文教育研究会所蔵)です。子供が妖怪の夢を見てうなされているところを、母親が布団をあけて起こそうとしている場面。吹き出しに子どもが見ている夢の妖怪が描かれていて、「母親が起こさなかったらもっとおどしてやるのに」とか、「晩には母親に怖い夢を見せてやろう」などと、妖怪のセリフもあり、微笑ましい妖怪画です。
(後期展示、前期は別摺)
■狩野永納筆「不動利益縁起(泣不動縁起)」
(江戸時代、浄土宗大本山清浄華院所蔵)![]()
茶室展示ケースとその前の空間を利用して、写真とフィギュア(人形)を展示します。「不動利益縁起(泣不動縁起)」図3-1などの絵巻にある安倍晴明が外道の疫病神を調伏する場面を、フィギュアで復元したものです。フィギュアで見る絵巻の世界に、現代の「ゆるキャラ」たちもびっくり!
■外道を調伏する安倍晴明(国立歴史民俗博物館所蔵)![]()
■鬼神(荒ぶる神の擬人化)
■重要文化財「北野天神縁起 弘安本」
(鎌倉時代、東京国立博物館所蔵 Image:TNM Image Archives) 前期展示![]()
■重要文化財 能面 「天神」
(桃山時代、当館所蔵)![]()
■重要文化財 能面 「顰」
(室町時代、当館所蔵)![]()
日本における鬼は、荒ぶる神が擬人化されたものと考えるとわかりやすいでしょう。なかでも菅原道真の怨霊が雷神となって祟りをなす話はその典型ですが、「天神縁起絵巻」に描かれる道真の怨霊は、まさに鬼の姿の雷神です。図4は、重要文化財「北野天神縁起 弘安本」(鎌倉時代、東京国立博物館所蔵、前期展示)。図5は、重要文化財 能面「天神」(桃山時代、当館所蔵)。
能面における典型的な鬼の面は「顰(しかみ)」(図6、重要文化財、室町時代、当館所蔵)です。鬼は、荒ぶる神のほか、土蜘蛛や酒呑童子のように、朝廷に服従しない異人たちや、盗賊なども鬼とみなされました。鬼退治の話は、その典型的な例でしょう。
■天狗と山姥(異界の魔物)
天狗は、古代中国では流星とされていましたが、日本では怨念を持った貴人や驕慢の高僧などが天狗となって魔界に住むとされました。また、修験道の山伏とイメージがダブり、山中に住む飛行自在の仙人のような存在とされ、各地の修験の霊山には天狗のネットワークがあると意識されました。中世以降には、高僧にやり込められたり、どこか滑稽な要素が強くなります。能面では「大癋見(おおべしみ)」や「牙癋見(きばべしみ)」(図7、重要文化財、室町時代、当館所蔵)が天狗の役に使われます。
山姥(やまんば)も、山中に住む魔物として、「山の神」的な存在として意識されるとともに、山中の鬼としても意識されました。
■重要文化財 能面 「牙癋見」
(室町時代、当館所蔵)![]()
■怨霊(人間の鬼神化、妖怪化)
■道成寺絵巻物(江戸時代、西尾市岩瀬文庫所蔵)![]()
怨霊(おんりょう)は、怨念をもって死んだ人の霊魂ですが、生きながらの怨霊は生霊とも呼ばれます。怨霊が荒ぶる神として鬼神化され、人間の姿をとって現れると鬼や幽霊や妖怪となります。能面「般若」(図8、重要文化財、桃山時代、当館所蔵)は、女性の怨念が極まって角が生え、鬼となった姿を現しますが、まだ人間味が残っています。それがさらに極まると人間味がなくなり獣性を帯びた「蛇(じゃ)」(図9、重要文化財、室町時代、当館所蔵)となります。能の『道成寺』専用面です。「道成寺絵巻物」(図10、江戸時代、西尾市岩瀬文庫所蔵)のように絵巻に描かれ絵解きなども行われました。
■重要文化財 能面 「般若」
(桃山時代、当館所蔵)![]()
■重要文化財 能面 「蛇」
(室町時代、当館所蔵)![]()
■動物の妖怪(動物の擬人化、妖怪化)
■「十二類合戦絵巻」(江戸時代、当館所蔵)![]()
動物を擬人化するということは、人間が動物のまねをすることと同様に、原始古代からあったと思われますが、日本では国宝「鳥獣人物戯画」という12世紀の名作があり、妖怪の図像も、この戯画をもとにしたものがあります。図11の「十二類合戦絵巻」(江戸時代、当館所蔵)は、十二支の動物の歌合会に、判者となるが叩き出された狸が、恨みをもって合戦におよび、負けて改心し出家したという話で、人の姿をした動物たちは、すでに妖怪といえるのかもしれません。
■器物の妖怪(器物の擬人化、妖怪化)
■「付喪神絵詞」(江戸時代、国際日本文化研究センター所蔵)![]()
妖怪のなかで、可愛らしく印象的なのは、器物の妖怪でしょう。特に、琵琶や琴などの楽器や、角盥(つのだらい)や
籠(つづら)などの調度品が、手足が生えて擬人化された姿は、まさに妖怪の世界です。日本らしいアニミズムの世界ともいえます。「付喪神絵詞(つくもがみえことば)」(図12、江戸時代、国際日本文化研究センター所蔵)
■百鬼夜行
■「百鬼夜行絵巻」(江戸時代、国際日本文化研究センター所蔵)![]()
『今昔物語集』(12世紀)に、右大臣の御子が、ある夜、都の大路で鬼の集団夜行に会い、襟に縫い込んであった尊勝陀羅尼(そんしょうだらに)に助けられた話があり、百鬼夜行(ひゃきやぎょう)の忌日があったことが記されています。様々な鬼や妖怪が描かれた「百鬼夜行絵巻」は、中世には存在したようで、大徳寺真珠庵所蔵の重要文化財「百鬼夜行絵巻」は室町時代とされますが、さらにその祖本があったと考えられています。ところで、今回展示の国際日本文化研究センター所蔵「百鬼夜行絵巻」(図13、江戸時代)は、真珠庵本とは別系統の絵巻であることが、同所長の小松和彦氏によって解明されています。江戸時代には、多くの「百鬼夜行絵巻」が描かれていますが、今回の展示では新出の初公開本を含めて数点の絵巻を展示します。(展示替えあり)
■博物学的視点と娯楽的視点
■「百鬼之図」(江戸時代、個人蔵)![]()
■鳥山石燕筆『画図百器徒然袋」
(江戸時代、西尾市岩瀬文庫所蔵)![]()
百鬼夜行絵巻のなかには、図14「百鬼之図」(江戸時代、個人蔵)のように物語性がなく、図鑑のように妖怪が個々に描かれて名前が記されているものがあります。また、図15の鳥山石燕(とりやませきえん)筆『画図百器徒然袋』(江戸時代、西尾市岩瀬文庫所蔵)のように版本の図譜のようなものもあり、博物学的な視点で描かれています。さらに、妖怪尽し的な錦絵や、「かるた」や「双六(すごろく)」といった娯楽的なものも現れ、江戸から明治時代にかけては、妖怪画も、夏の見世物小屋や、寄席の怪談噺、百物語の集まりといった、庶民の娯楽的な面が反映されています。
■妖怪実録
■「稲生物怪録」(江戸時代、西尾市岩瀬文庫所蔵)![]()
『稲生物怪録(いのうもののけろく)』は、芸州(広島県)三次(みよし)の武士稲生武太夫(幼名平太郎)が、16歳の時に体験した妖怪の話を、晩年に藩主の娘に語り絵図を献上したものを、平田篤胤(ひらたあつたね)の友人屋代弘賢(やしろひろかた)が借りて模写させたものがはじまりで、多くの写本が伝わっています。図16の『稲生物怪録』(江戸時代、西尾市岩瀬文庫所蔵)は、その写本の一つです。
平田篤胤は、天狗と暮らしたという少年寅吉の話をまとめた『仙境異聞』で、幽冥界(ゆうめいかい)の存在を実証しようとしたことでも知られ、霊界の存在を信じようとする当時の世相がうかがえます。
●平田篤胤(ひらたあつたね)(1776〜1843)=国学四大人の一人。秋田佐竹藩士の子で、脱藩して江戸で国学を学ぶ。
『霊能真柱』『鬼神新論』『仙境異聞』『古今妖魅考』などを著す。尊王攘夷運動に影響を与えた。
●井上円了(いのうええんりょう)(1858〜1919)=仏教的哲学者。長岡の真宗僧侶の出身。東大卒。哲学館(東洋大学の前身)を創設。
『妖怪学講義』を著し、妖怪を迷信として科学的に説明するが、一般からは妖怪博士と呼ばれた。
●柳田国男(やなぎたくにお)(1875〜1962)=民俗学者。日本民俗学を樹立。兵庫県出身、東大卒。農商務省や貴族院などの官僚を経て、民俗学に専念。
著作多数、妖怪関係では昭和31年自序の『妖怪談義』がある。
●江馬務(えまつとむ)(1884〜1979)=有職故実・風俗史の研究者。京都出身。京大卒。風俗史学会を創立。
文献史料から考証した『日本妖怪変化史』を大正12年に著した。学問的な妖怪研究の先駆けとして知られる。
■ゲゲゲの原画 水木しげるの世界
「ゲゲゲの鬼太郎」でおなじみの水木しげる氏が描いた原画25点を展示します。水木しげる氏の妖怪画は膨大な数にのぼっていますが、今回は妖怪原画集『妖鬼化(ムジャラ)』全12巻(株式会社ソフトガレージ発行)の中から、日本の妖怪と鬼太郎の原画を25点選んでいます。水木しげる氏の妖怪画には、図17「がしゃどくろ」のように、江戸時代の浮世絵=図18歌川国芳画「相馬の古内裏」(江戸時代、公文教育研究会所蔵)や、版本の妖怪画をもとに描かれたものも多く、逆に同氏の妖怪画から江戸時代の妖怪画を知った方も多いでしょう。水木氏らしい緻密で色彩豊かな画面は、写しを超えた創作性が感じられ、また、図19のような「ゲゲゲの鬼太郎」に登場するキャラクターの親しみやすさとともに、現代人に妖怪の世界の楽しさを改めて知らしめた功績はきわめて大きいといえます。
■「がしゃどくろ」
(水木しげる原画、昭和時代、水木プロ所蔵)©水木プロ![]()
■歌川国芳画「相馬の古内裏」
(江戸時代、公文教育研究会所蔵)![]()
■「鳥取県境港でくつろぐ鬼太郎ファミリー」
(水木しげる原画、昭和58年(1983)、水木プロ所蔵)©水木プロ![]()
夏のひと時、イメージ豊かな妖怪の世界を楽しんでみてはいかがでしょうか。
主催
三井記念美術館・NHK・NHK プロモーション

















